1945(昭和20)年8月9日、午前11時2分、広島についで2発目の原子爆弾が米軍のB29爆撃機によって長崎市北部へ投下され、数千度の熱線、すさまじい爆風や放射線が地上に襲いかかり、市街地は廃墟と化し、7万4千人もの尊い生命を奪い、7万5千人にも及ぶ人々を傷つけました。また、かろうじて生き残った人々も、心と体に大きな痛手を受け、現在でも多くの被爆者が苦しんでいます。